
週5で出社する理由、説明できますか。
毎週5日、会社に通う。当たり前すぎて疑ったこともないかもしれません。でも、なぜ週5なのか、なぜ毎日なのかを説明しようとすると、意外と言葉に詰まります。無自覚に受け入れている「当たり前」を、一度立ち止まって見直します。
働き方・キャリア

一度でも通勤のない生活を経験した人は、口をそろえてこう言います。「もう、あの頃には戻れない」。満員電車に乗らなくていい、朝の時間に余裕がある、夕方には家族と過ごせる。その日々を知ってしまうと、毎日通勤していた頃の自分が、どうやってあれを続けていたのか思い出せなくなる。
この「戻れない」という感覚を、単なるわがままや甘えだと片づける人もいます。でも、本当にそうでしょうか。今日は、この戻れなさの正体を掘り下げてみます。結論を先に言えば、それは意志の弱さではなく、あなたの体と生活が、新しい基準を一度知ってしまったからです。
私たちの感覚は、良くなった状態にすぐ慣れ、それを新しい当たり前として上書きします。一度その快適さが基準になると、そこから下がることには強い抵抗を感じる。これは人間の自然な仕組みで、意志の強さとは関係ありません。
通勤のない生活は、まさにこの上書きを起こします。往復の移動時間が消え、朝の消耗がなくなり、一日の使える時間が増える。最初は「ありがたい」と感じていたその状態が、数か月も続けば「当たり前」になります。そして当たり前になったものを取り上げられると、人は強い喪失感を覚える。出社回帰を告げられた人が受けるショックの大きさは、この基準の巻き戻しに対する、ごく自然な反応なのです。
だから「戻れない」のは、あなたが贅沢になったからではありません。一度知った合理的な基準を、体が手放したがらないだけです。
通勤のない生活が一度きりの快適さで終わらないのは、その時間で新しい生活を組み立ててしまうからでもあります。
浮いた時間で、朝に運動する習慣ができた。子どもを保育園に送るのが日課になった。夕方に家族で食卓を囲むのが当たり前になった。副業や勉強に時間を回せるようになった。こうして、通勤がないことを前提に、生活の設計そのものが作り替えられていきます。日本の通勤時間は往復でおよそ1時間19分、年に換算すると約300時間にのぼります(総務省「令和3年社会生活基本調査」)。この300時間で築いた新しい習慣は、もはや生活の一部です。
ここへ「また毎日通勤してください」と言われると、増えた時間の上に築いた習慣を、まるごと壊すことになります。戻るのがつらいのは当然です。失うのは移動時間だけでなく、その時間の上に育てた暮らしそのものだからです。
この戻れなさは、実は悪いものではありません。むしろ、自分にとって何が快適で何が消耗だったのかを、身をもって知ったということです。一度上がった基準は、これからの働き方を選ぶときの、確かなものさしになります。
かつては「通勤くらい仕方ない」と思っていた。でも今は、通勤のある生活とない生活の差を、はっきり体で理解している。この感覚を持っている人は、次の選択で迷いません。通勤の有無が自分の生活の質をどれだけ左右するかを、正確に見積もれるからです。戻れないという感覚は、諦めではなく、判断基準として使えます。
こう言う人もいます。「最初はつらくても、また通勤すれば人間は慣れる。戻れないなんて大げさだ」と。たしかに、その通りではあります。人間の適応力は高く、毎日通勤する生活にも、数か月もすれば体は再びなじんでいくでしょう。
けれど、ここで問い直したいのは、慣れられるかどうかではありません。わざわざ、より消耗する状態に慣れ直す必要が、本当にあるのかということです。通勤に再適応するというのは、増えていた時間を手放し、朝の余裕を諦め、往復の疲労を受け入れ直すプロセスです。できるかできないかで言えばできる。でも、一度もっと良い状態を知った人が、あえて自分から下の基準に慣れ直すのは、合理的な選択とは言えません。
我慢に慣れることを美徳とする発想は、根強く残っています。でも、慣れられることと、慣れるべきことは違います。戻れば慣れる、だから戻ろう、ではなく、戻らなくていい方法があるなら、そちらを選ぶ。それが、一度基準を知った人にできる、いちばん自然な判断です。
問題は、その基準を守れる働き方を、どう選び続けるかです。ここで注意したいのが、一度リモートで働けたからといって、次もそうとは限らないことです。転職先の求人に「リモート可」とあっても、実際は週の半分は出社が必要だった、あるいは入社後に方針が変わって出社回帰した、という話は実際にあります。せっかく守りたい基準があるのに、言葉のあいまいさでそれを崩されるのは避けたい。
私たちNoTrainは、この一点にこだわっています。掲載する求人は、募集要項の「リモート可」を鵜呑みにせず、実際に何日出社するのかを原文まで確かめてから紹介します。あなたが一度知ってしまった快適な基準を、次の職場でも守れるかどうか。それを、雰囲気ではなく事実で見極められるようにするための仕組みです。戻れない基準を持っている人にこそ、この事実確認は効いてきます。
通勤のない生活を一度味わうと戻れなくなるのは、甘えではありません。人の感覚は良くなった状態を新しい当たり前として上書きし、増えた時間の上に生活を作り替えるからです。だから戻ることは、時間だけでなく築いた暮らしを手放すことを意味します。この戻れなさは、これからの働き方を選ぶ確かなものさしになります。あとは、その基準を守れる仕事を、事実で選び続けるだけです。
一度知った基準を、手放したくない人へ。NoTrainのニュースレターでは、出社頻度を事実まで確かめたビジネス職のリモート求人を、毎週お届けしています。戻らない働き方を選ぶ材料として、よければ登録してみてください。

毎週5日、会社に通う。当たり前すぎて疑ったこともないかもしれません。でも、なぜ週5なのか、なぜ毎日なのかを説明しようとすると、意外と言葉に詰まります。無自覚に受け入れている「当たり前」を、一度立ち止まって見直します。

起きて、身支度をして、満員電車に乗って、会社に着く。ようやく一息つく頃には、朝のいちばんいい時間は終わっています。あなたの一日が本当に「自分のもの」になるのは、何時からでしょうか。奪われている朝を、数えてみます。

家族に当たってしまう。些細なことでイライラする。それはあなたの性格のせいではなく、毎日の通勤で神経をすり減らしているせいかもしれません。通勤ストレスが人柄や人間関係にまで及ぶ話を、データとともに考えます。