
定年までに、通勤で「何年」失うか計算してみた。
一回の通勤は、たかが往復1時間ちょっと。そう思って積み重ねた結果、定年までに私たちは通勤だけで何年ぶんの時間を失うのでしょうか。総務省のデータをもとに、実際に計算してみました。数字を見てから、その使い道を考え直しませんか。
働き方・キャリア

満員電車の中で、スマホで音声学習を聞く。揺れる車内で、なんとか本を開いてページをめくる。通勤という避けられない時間を、少しでも有意義にしよう。そう工夫している人は多いと思います。かくいう私も、かつてはそうでした。
その姿勢は、たしかに前向きです。けれど、一度だけ立ち止まって考えてほしいことがあります。その「通勤中の自己投資」は、本当にあなたが望んで選んだ時間の使い方でしょうか。 それとも、奪われることが決まっている時間を、なんとか正当化するための工夫でしょうか。
通勤時間を勉強にあてる。この発想そのものは悪くありません。問題は、それによって「通勤は無駄じゃない」という結論に落ち着いてしまうことです。有効活用できていると思った瞬間、私たちは通勤そのものを疑わなくなります。
でも冷静に考えてみてください。もし通勤がなかったら、あなたはその音声学習を、揺れる満員電車の中で立ったまま聞く必要があったでしょうか。おそらく、静かな部屋で、コーヒーを片手に、集中して聞けたはずです。同じ「自己投資」でも、質はまるで違います。通勤中の学習は、ベストな環境で選んだ勉強ではなく、劣悪な環境で仕方なくやっている勉強です。
「有効活用」という言葉は聞こえがいい分、その裏にある不都合を見えなくします。本当は、投資すべき時間を先に奪われていて、その残骸を必死に活用しているだけかもしれないのです。
ここで区別したいのは、「埋め合わせ」と「本当の自己投資」です。
埋め合わせとは、失われることが前提の時間を、少しでもマシにしようとする行為です。通勤中の読書はその典型です。一方で本当の自己投資とは、自分の意思で確保した時間を、自分の選んだことに使うことです。この二つは、同じ勉強に見えても、根本が違います。
通勤をなくせば、あなたは埋め合わせから解放され、本当の自己投資ができるようになります。往復の通勤時間が消えれば、その時間は丸ごと自由になる。集中できる環境で勉強してもいい、運動してもいい、家族と過ごしてもいい、ただ休んでもいい。満員電車の中でできる「劣化版の自己投資」とは、選べる幅がまるで違います。
通勤中に頑張って勉強しているあなたは、真面目で努力家です。だからこそ、その努力を、もっと条件のいい場所で報わせてあげてほしいのです。
もうひとつ、正直に向き合いたいことがあります。それは、「通勤時間すら無駄にしない意識の高い自分」に、どこかで満足していないか、という点です。
つらい通勤に耐えながら勉強する自分を、頑張っていると感じる。その感覚自体は否定しません。ただ、その満足感が、通勤という根本の問題から目をそらさせているとしたら、それは少しもったいない。本当に効率を突き詰める人なら、まず「その通勤、そもそも要るのか」を疑うはずだからです。手段を工夫する前に、前提を疑う。それが、本当に時間を大切にする人の考え方です。
大事なのは、通勤中の勉強をやめることではありません。「通勤は避けられないもの」という前提を、一度疑ってみることです。その前提さえ外れれば、あなたの時間の使い方は、根本から変えられます。
そして、通勤をなくすために年収やキャリアを諦める必要はありません。営業、企画、マーケティング、コーポレートといったビジネス職で、年収を保ったままフルリモートで働ける仕事は確実に存在します。ただし、求人票の「リモート可」という言葉は額面どおりには受け取らないこと。実際は週3出社が前提だった、というズレは珍しくありません。本当に通勤ゼロで働けるのかは、出社頻度の事実で確かめる必要があります。
NoTrainは、掲載するすべての求人について出社頻度を求人原文まで確認し、「通勤ゼロ/週1通勤/週2通勤」という独自の軸で、年収を落とさずに働けるビジネス職のリモート求人だけを検証して届けています。奪われた時間を埋め合わせるのではなく、はじめから自分のために時間を使うための仕組みです。
通勤中の自己投資は、努力の証であると同時に、奪われた時間の埋め合わせでもあります。「有効活用できている」という納得は、通勤そのものを疑う目を曇らせてしまう。本当に時間を大切にするなら、手段を工夫する前に、その通勤が本当に必要なのかという前提を疑ってみてください。前提が外れれば、同じ勉強を、もっといい環境で、自分の意思でできるようになります。
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一回の通勤は、たかが往復1時間ちょっと。そう思って積み重ねた結果、定年までに私たちは通勤だけで何年ぶんの時間を失うのでしょうか。総務省のデータをもとに、実際に計算してみました。数字を見てから、その使い道を考え直しませんか。

もし通勤時間に時給が発生していたら、あなたは年間いくら受け取れるでしょうか。毎日の移動を「無給の残業」として捉え直すと、それがどれほど大きな損失かが見えてきます。時間という報われない対価を、静かに払い続けていませんか。

起きて、身支度をして、満員電車に乗って、会社に着く。ようやく一息つく頃には、朝のいちばんいい時間は終わっています。あなたの一日が本当に「自分のもの」になるのは、何時からでしょうか。奪われている朝を、数えてみます。